paris and cinema

第8回パリ紀行(2006.5)
chapter 7 パリは燃える

  病院から帰ると、ホテルの隣にあった薬局で処方された薬を買った。店員の女性はこちらがツーリストだと思って親切のつもりか、ひとつひとつ薬箱に飲むタイミングと量を書いてくれるのだが、この人も多くのフランス人のように字が上手くない。けれど親切な人はパリでは奇遇なので「メルシー、メルシー」と連呼しながらねぎらう。そして、この時間まで何も食べていなかった私はシャンゼリゼのスーパー、モノポリで自分の食事と妻の流動食を調達することにした。


 ホテルからは5分くらいでシャンゼリゼ通り。通りに近づくにしたがって人の気配も濃くなるが、同時に何か煙っぽさまで濃くなってきた。何だろうと思ってシャンゼリゼへ出ると、なんと通りの真ん中でクルマが火を噴いていた。もちろん「おーシャンゼリゼ♪」など歌っている場合ではない。消防車と警察はこの目抜き通りを完全封鎖して消火活動をしている。単にクルマが燃えたのか、先頃のデモの余波で燃やされたのかわからない。しかし東京でいえば銀座通りと表参道を足して2倍にしたようなところでぼうぼうクルマが燃えるというのは尋常ではない。おかげで私は生涯で初めて、憧れのシャンゼリゼを信号のないところで横断できた。

   燃えているクルマのちょうど向かいにモノポリはあった。地下の食料品売場でパンやら、水やら、妻も食べられそうな果物やらを買い込む。めずらしくカゴをいっぱいにしてレジにならんでいると、突然館内にものすごい音の警報と放送が鳴り出した。店員は「オーララ、なにかしら」といった顔で最初はほっていたが、しまいにはセキュリティの人間が走り回って、「逃げろ」と言っている。逃げろっていわれても、もうすぐで勘定だし、せっかく一生懸命品物を集めたし・・・ともじもじしているとレジのおばさんが「そこにカゴおいて、外へ行かないと!」と言う。すでに勘定をすませたクロワッサンだけ持って、ほかの客や店員といっしょにシャンゼリゼ通りの歩道まで逃げた。店内では、セキュリティが「いざっていう時の俺って、かっこいい?」と思っていそうな顔で走り回っている。5分ばかりすると合図があって、わらわらと店員が中へ帰って行く。なんだったんだろうかいったい。結局取り残されていた私のカゴのところまで行って、そのままレジを済ませて帰ることができた。


   救急病院、シャンゼリゼの火事、モノポリからの緊急避難・・・なんだかエマージェンシーの多い日だった。日本ならニュースのひとつにもなりそうなほどだが、車の火事さえなんのニュースにもなっていなかった。さすがである。