paris and cinema

第8回パリ紀行(2006.5)
chapter 5 観光なしのサクレクール

  毎年のようにパリに来る最大の目的は、やはりバッグ・刺繍の素材探し。私も妻と一緒になって、生地屋を巡り、パリ中を歩く。そこにいるだけで幸せになれるパリは、その目的が何であれ、歩いていることがすでに観光なのだが、その日はそうはいかなかった。そう、サクレクール寺院まわりの生地屋街で、集中大量仕入れを決行する日なのだ。二十キロ以上もあろうかという生地を、ホテルまで持って帰るという使命が待ち受けている。


  まずはメトロを乗り継いでアベス駅へ。この駅前にはお気に入りの教会があって、外壁の美しいモザイクと表情豊かな天使の彫像が我々を迎えてくれる。しかし今日はヨーロッパの他の国から来たらしい遠足か修学旅行かの高校生グループがわんさかいて、ガラの悪い雰囲気を作っていた。この辺りは、いわゆるモンマルトルの一画。映画「アメリ」の舞台としても有名なところで、サクレクールに行く途中には、アメリの心の友であった画家のじいさんに食べ物を届けていた「八百屋」がある。確かに角地の雰囲気はまさに映画の場所そのものだが、ジュネ監督がそのマニアぶりを発揮して創りあげた映画のなかの「完璧なパリの街角」とはほど遠く、ごく普通の八百屋だった。いまだに観光客が訪れるのか、「コリニョンの八百屋」と小さな看板をつけ、店先の窓ガラスには雑誌の切り抜き記事がずらり。栄光の名残だ。


   そして、陽光に輝く白亜の寺院とその下で観光客を待ちかまえる物売りが好対照なサクレクールへ。パリでも屈指の観光地を横目に見ながら、我々は生地屋街をひたすら回る。今回ははじめて寺院のすぐとなりにあるギャラリーとカフェを併設したフォーラムと呼ばれる場所に行った。外から眺めていると殺風景な印象があったが、入ってみるとカフェは広々してメニューも充実。キーシュやタルトもあって、せせこましい感じはなくてとても快適。背の高い、モデル並みの器量を持った女性がひとり、美しく働いていた。日本で言うなら小雪さんの目鼻立ちをはっきりさせたような顔で好印象だったのだが、帰国後とあるパリ本を見ていたら、彼女がピックアップされて記事になっていた。さすが、編集者諸君も抜け目ない。


   この日は結局、生地をホテルに持ち帰ってぐったりと横になったあと、疲れを押してもうひとつの生地屋やパリの東急ハンズ「BHV」へと行ったりとかなりの強行軍で、夜は先述したバスティーユの店へ。おそらく史上最高であろうその疲れは、案の定すぐに我々を窮地へと追い込んだのだった。