paris and cinema

ベルギー&パリ紀行(2003.9)
chapter 6 ブルージュは自転車の街。

  10年前とは打って変わった天気の良さで、この街のメインの交通手段は自転車である、ということに今回初めて気づいた。老若男女だれもが自転車に乗る。マウンテンバイクという人もいるが、多くは無骨な感じの、童話に出てくる郵便屋さんが乗っているような黒の自転車。大きな革のバッグを荷台に載せて、なんだか北欧の国みたいだ。みんなが漕いでいるその姿があまりに可愛らしくて、我々もブルージュ市民になりきることにした。


 観光案内所でレンタサイクル屋を聞いて、鐘楼の近くにあるその店へ。残念ながら古めかしい無骨な自転車は置いていなくて、なんだか中途半端にモダンでカラフルな自転車。早く乗りたい私は、まぁいっかとばかりに出口へと向かった。しかし後ろから妻が来ない。あれ??と中を覗くと、「これ乗れないよ〜」と泣きそうな顔をしている姿が見えた。なるほど、自転車の隣に立った彼女の胸のあたりにサドルがある。これを自力で登るは乗馬なみの難易度。店員も見かねて「こりゃだめだ」と肩をすくめる。フランス人に比べてベルギー人は概して背が高い。聞けば別に特別背の高い自転車というわけでもないようだ。「じゃあ、子供用があるからこれにしなよ。」と言われてみると、いかにも男の子が目を輝かせそうなハイテクもどきのテイスト。背に腹は代えられず、妻はそのチャリで念願のツーリングへと出かけた。


 石畳の路は、自転車には辛い。内臓も、脳も、揺さぶられる。それでも苦難を乗り越え、ブルージュの街を外周するサイクリングロードがある運河の土手へと向かった。


 水面にきらめくまばゆい光、緑鮮やかな木立と芝生、その薫りをふくんだ気持ちのいい風。いまは動かなくなった古びた風車、運河べりでキスするカップル、水の上で列をなすスワンたち・・・こんな風景が生活や仕事をしている街並みのすぐとなりにあるなんて、ヨーロッパとは何て豊かなんだろう。またも、ついつい自分の国と比べてしまった。几帳面なお国がらか、自転車の人にも右側通行が徹底していて、すれ違うときに我々日本人はつい癖で左側に行くが、向こうもひたすら同じ方向に行こうとするので困った。クルマだったら、正面衝突しているかも知れない。


 街へ戻ると、小学生たちはちょうど下校時間。トヨタのCMにでも出てきそうな可愛くて利発そうな女の子がみんな同じ自転車に乗り、並木道を抜けて、古い街のなかを帰って行く。ガイドブックが言うところの「中世で止まった街」の風景。観光で食べている街ということもあるのだろうが、どんなに時代が進んで家の中がLAN化されたり、リビングにDVDがあったりしても、街の風景はそう大きく変わることがない。古い建物の設備や内装をそっくり変えても、「街並み」という財産を守り抜くのは、ヨーロッパの多くの街に共通の概念だ。ただ歴史があるというだけでなく、街の風景そのものに民族の文化やカラーが映り込んでいて、それがそのまま自分たちのアイデンティティにつながっていく。民族意識が色濃く、しかもそれが地域によって細分化されているヨーロッパでは、自分たちが積み上げてきたルーツをとても大切にしていこうとする気持ちがとても強い。だからこそ、その象徴である街並みは是が非でも残していきたいものなのだろう。そこには単なる「愛着」「懐かしさ」を超えた、何か強い意志のようなものがあるように思える。