cafe time sucre

カフェ・タイム・シュクレは、シュクレの杉浦今日子が、日々の出来事や刺繍のこと、
フランスのこと、もの作りのことなどをつらつらと書き綴る日記です。
コーヒーやお茶を片手に、ひと休みという時間のお供にどうぞ。


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2007.10.30
ブータン。その2
 先日のコラムの続きです。ブータンのこと。
 ブータンを奇跡の国と感じたのは、ほかのどの国の成り立ちとも違っていて、独自の民主主義への道を歩んでいること。とても特殊で、でもとても『羨ましい』と感じてしまう歩み方です。
 ブータンは王制の国。今までの歴史の中で、君主国から民主主義への移行というのは、独裁的な君主に苛立った民衆が自分たちの手で政治をと強く求めて、政権を奪い取る・・・というケースがほとんどでした。でも、ブータンは違う。国王、特に前国王が自ら謙虚な姿勢で、権力を持つ自分が傲慢にならぬよう、国民の意見を隅々まで聞き、反対意見にも耳を貸す寛容さを持ち、自ら王制から民主主義への道を探し、他の先進国と呼ばれている民主主義国家から学び、自分の国に最も適した民主主義を模索してそれを実践していくという、素晴らしいリーダーシップを持った国王がまさに国民のために作り上げてきた民主主義が成立しようとしている国なのです。
 ブータンは北は中国、チベット、南はインドと、大国に囲まれていて、国土は険しい山々が連なり、人口も多くはない国です。多民族国家で、20から25くらいの違った言語が使われている。そんな国をまとめるにはどうしたらいいか・・。まず、学校の教室ではすべて授業は英語です。教育の場で共通の言葉として、英語が選ばれています。しかも、30年以上前から。そして、まだ世界が環境問題について何の認識もなかった頃から、自然環境の保持を真剣に考えて、それを実行していたのです。
 自分たちの伝統や文化を守る・・ということにも真剣に取り組んでいます。ブータンへの観光客数は年間で制限されています。そして、国民は民族衣装の着用を義務づけられています。
 経済発展をもとにとられている政策ではではないことは一目瞭然。この国では『国民がいかに幸せを感じることができるか・・・』ということが、政策を決めていく上で一番大事とされていることなのです。誰かの利益や、誰かの権力などではない、国民ひとりひとりがいかに幸せと感じられるか。事実、国勢調査で『あなたは幸せですか』という質問に対し、97%の人が『幸せだ』と答えている。
 何の努力も無しにこの結果が得られたわけではなく、前国王をはじめとするリーダー達が、人間の幸せとは何か、ひとりひとりが幸せと感じるには国はどうあるべきかを真剣に考えて、対話して、学んできたという、努力の上にある結果です。
 奇跡のような国。いつか行ってみたいと思う場所がまたひとつ増えました。

 写真は植物園に咲く花。まあ、世の中いろんな人がいて、いろんな価値観があるわけですが、自分の『絶対』にこだわることなく生きていきたいです。ブータン前国王が『世の中で不変なものは変化だけ』と言ったそうですが、まさにその通り。うまく変化していきたいものです。
 今回はネットで色々ブータンのことを調べまして、書きました。ご興味ある方は検索で調べてみてくださいね。わたしが書いたこと以外にも、興味深いことが沢山沢山ある国です。
2007.10.23
ブータン。
 先日読んだ小説に『ブータン人』が出てきました。『ブータン?聞いたことあるけど、どこだっけ??』という感じで、ブータンについて何の知識もなかったのですが、小説の中のブータンとブータン人を表す表現が面白くて、ちょっと調べてみたところ、なんだか『奇跡の国』を見つけたような気持ちになりました。
 さて、小説の中のブータン人、最初に彼の台詞で興味を引いたのは『僕たちは生まれ変わりを信じていて、死ぬのは怖くないから』という言葉。これは車の運転の乱暴さを話していたときの台詞。信仰心厚い仏教徒の彼らには、死は恐怖に値するものではないと・・・。いくら輪廻転生を信じていても、こんな風な境地に立てるものなんでしょうか??
 そして、彼は悪行を積むと、いつかしっぺ返しがくると信じている。善いことも悪いことも、やったことは、全部自分に戻ってくる。今は違っても、生まれ変わった後で、しっぺ返しがくる、と・・・。誠実な宗教。そしてそれを誠実に信じる人々。
 さらに話しがすすむと、ブータンに一度行ったことのある男性が出てきて、『ブータンはレッサーパンダと宗教が存在する国』と言ってとても羨ましがる。野生のレッサーパンダ。動物園でしか見たことがないし、野生のレッサーパンダは上手く想像できないけど、なんだかそう言われると、野生のレッサーパンダと誠実な宗教があるブータンは、奇跡のように素晴らしい国に思えてくるから不思議です。日本には野生のレッサーパンダも、オランウータンも、サイも、エミューもいない。
 まあそれはいいとして、(日本には野生のサルもイノシシもクマもいる・・と言い換えることができるから・・)死生観の違いというのは面白いです。今私たちは、普段『死』というものと向き合って、『死』を意識しながら日常を過ごす・・という環境ではないですね。地震もテロも交通事故も殺人事件も、テレビでは見るし新聞で読むけど、『自分のことではない』と基本的には思っている。でも、世界には『明日死ぬかもしれない』という思いを常に抱きながら生きている人たちも沢山いる。それはテロだったり、飢餓だったり、病気だったり、色々な理由があるわけですが・・。
 私は『どう生きるか』は考えるけど、『どう死ぬか』はなかなか考える機会がなくて、もし明日突然交通事故で不意にこの世を去ることになってしまったら、きっと上手く自分が死んだことを受け入れられないような気がします。『死』を意識しないで生きられる環境というのは、とても幸せなことなのかもしれないと思う反面、なんだか自分が『生』に関して傲慢なのかも・・とも思ってしまいました。
 そんなこんなで、ブータンについてあれこれ想像を巡らせながら小説を読み終わって、ちょっとブータンに興味が湧いたものでネットで調べてみたところ、なんとなんと、本当に奇跡のように素晴らしい国だということが分かったのです。→次回のコラムに続く。

 写真はコラムとは何の関係もない、オランダ、ライデン大学の植物園にいた猫。首輪をしています。野生からは遠い環境で育った、警戒心のかけらもない猫ちゃんです。体がかゆかったのか、私の足にぐいぐい体を押しつけてすりすりしていました。
   ちなみに、小説は伊坂幸太郎さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』です。創元推理文庫から出ています。

2007.10.16
東京は、秋。
 先日のメルマガにもちょっと書いたのですが、『東京は、秋』という写真集を手に入れました。荒木経惟さんの写真に、荒木さんと妻の陽子さんのコメントが載っているというもの。銀杏の落ち葉の写真が表紙で、赤茶色の上に並べられた落ち葉がまさに『秋色』しています。(そういえば昔、聖子ちゃんが『風は秋色』って歌ってましたね。『ラァ〜ラァ〜ラ〜、ラァ〜ラァ〜ラ〜』って。私の中では秋はララララって言っちゃう感じじゃないんですけどね。)
 写真は、1972年から73年に映された東京。昭和の街並みが、モノクロの画面の中にあります。画面全体にピントがあっている感じの写真で、全体にぼけ感のある場所がない。だから、当時の風景をそのまま鋏で切り取りました・・・という感覚の写真です。だからこそ、見ていて面白い。全てがクリアーなので、画面の端の方に写っている細かい所までが、実によく見えます。看板や張り紙に、なんて書いてあるかがわかっちゃうくらい。
 今から見ると、かなりイカした看板がありますよ〜。きっと荒木さんの感性が、そんな看板に吸い寄せられるように撮っちゃったんですね。
 『PEPSI』の自動販売機に、でかでかと『冷たい缶入り』とある。冷たい缶に入ってるなんて、奇跡のような時代だったのでしょう。すごい。
 そして繁華街によくある、お店の名前が手書きで入った地図。レストラン『ハワイ』にクラブは『ブルーシャトー』。青い城です。そしてスナックは『エリート』。このネーミングのセンス。たまらないですね。もちろん、この街にも純喫茶があります。『純喫茶』の『純』てなんなのか、未だにわかりません。
 そして家具の修繕やさん。玄関の長方形のガラスに『修繕』『唐木細工』『修繕』『和洋家具』と筆文字で貼ってある。でも、一番まん中に貼ってあるのはなぜか『向側鈴木商店』。なんで自分とこの玄関で鈴木商店の宣伝してんの???ですが、こう書かれちゃうと『鈴木商店は一体何屋なの??』と思ってしまう。でもその答えは写真にはありません。気になります。眠れなくなるほどじゃないけど、かなり気になる。
 私が一番ぐっときたのは、ある家の玄関に貼られてた手書きの紙。『あなたは文化人。やめましょう、立小便』。あっぱれなコピーです。
 昭和ってなんだか素敵な時代だったような気がしてきました。昭和を生きていたときには特に感じたことはなかったけど。こういうのを『郷愁』と呼ぶのでしょうか??

 写真はコラムとは何の関係もありません。アムステルダムのカフェでミント・ティーを頼むと出てくるのが写真のこれ。グラスに『これでもかっ!!』っていうくらいフレッシュのミントが入ってきます。最初あまりのミントぶりに驚きましたが、どこのカフェでもミントティーというとこれが出てくるので、この『森林水』と呼びたくなるような緑緑した飲み物がアムステルダム・スタンダード・ミントティーのようです。

2007.10.4
日本最古の刺繍
 法隆寺夢殿の隣に、中宮寺という尼寺があります。こちらは聖徳太子の御母様の御願によって建てられたお寺。法隆寺ほどの広さや、収蔵品に華やかさはありませんが、斑鳩に行ったらぜひ立ち寄りたいしっとりとした雰囲気のいいお寺です。
 こちらの本尊は、東洋のアルカイックスマイルとして有名な『如意輪観世音菩薩半跏像』。優しい微笑みと、気品ある佇まいが美しい像です。この像の前にいると、どんな人の心もさぁ〜っと清らかになっていく感じがします。自分、汚れてる・・と感じたときには、ぜひこの像の御前に背筋を伸ばしてみてください。美しい自分に返れること間違いなし!!・・とは言っても、一歩外に出て俗世間にまみれたら、またすぐ戻っちゃうんですけどね。だからお寺には何度も足を運んでしまうのかもしれません。自分洗浄のため??
 さて、こちらのお寺にはもう一つ、日本最古の刺繍があります。題して、『天寿国曼荼羅繍帳』。無くなった聖徳太子を偲んで、お妃が宮中の采女と共に天寿国を縫ったものです。この時代のもので、染色品が残っているというのは極めて貴重。傷みがひどいため、現在中宮寺で見られるのは1982年に作られたレプリカ。本物は奈良国立博物館にあります。以前中宮寺に行ったときには、断片となった本物があったような気がするんですけど・・。あまりに遠い記憶のため、気がするだけではっきりとは思い出せないですが・・・。
刺繍であらわされた天寿国。聖徳太子様が往生なさっているはずのその場所には、月が縫われています。空の上に天寿国は存在すると考えられていたのでしょう。そこにいる太子様を思って、針を持つ手を止めては日々空を眺めていたのかもしれません。人は思いをそんな風に、ものに込めることができるんですね。そしてそういった思いの込められたものが、たとえ断片となってもひとの心に郷愁を呼び起こしてくれるのかもしれません。

 写真は法隆寺夢殿から見た空。秋の空は、雲の配列がたまりません。あんな雲に亡くなった太子様がまたがって、ゆうゆうと空から地上を見下ろしている・・・と、昔の人々は考えたのでしょうか。でも、『最古』っていうとなんだか有り難いけど、『一番古い』っていうとなんとなく趣が違ってくるから不思議。言葉って面白いですよね。特に日本語は色んな表現があって、同じこと言っても情緒を感じたり感じなかったり・・・。なので、個人的には天気予報でも『宵のうち』は残して欲しいな・・・と思っています。『夜のはじめ頃』じゃ、ぐっとこないですよねぇ・・・。