cafe time sucre

カフェ・タイム・シュクレは、シュクレの杉浦今日子が、日々の出来事や刺繍のこと、
フランスのこと、もの作りのことなどをつらつらと書き綴る日記です。
コーヒーやお茶を片手に、ひと休みという時間のお供にどうぞ。


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2007.7.26
リボン刺繍のバッグ
 フランスで買ってきた生地を使って、刺繍クラスのためのバッグのサンプルを作りました。
 生地は白とベージュ、茶のストライプと、赤、オレンジ、カーキのストライプ。色違いで2種類。中心にこの生地を使い、左右に麻の厚いしっかりとした生地を合わせています。以前、同じ形でスパンコールとビーズ刺繍のバッグを作ったのですが、(こちらは生地が無くなったため終了)今回は刺繍をリボン刺繍にしてみました。
 リボン刺繍は今まで刺繍クラスではクッションカバーで刺していましたが、ストレートステッチと、レゼーデージーステッチが主で、面を埋めるステッチをしていませんでした。リボンは幅があるので、実は面を埋めるのがとても楽です。糸と比べると、断然早い。これをやらない手はないな・・・と、今回はリボン刺繍で面を埋めるステッチを主に、コーチングステッチと少し大きいビーズの組み合わせで刺繍を構成しました。
 リボンは幅があって早く面を埋められるという反面、コツがつかめないとせっかくのリボンが縮んでしまって、リボンの良さが台無しになってしまう・・という素材です。でも、コツさえつかめば大丈夫!!(のはず・・)デイリーに持ちやすい形で、家庭用ミシンでも縫える縫製方法です。

 写真はリボン刺繍のバッグのサンプルです。大きめサイズで、皮の持ち手が付きます。普段使いにとても便利な形で、口の部分はマグネットで留めるようになります。
 こちらのバッグは、『ベーシック刺繍クラス』または『刺繍とバッグのクラス』での制作となります。2回講座では今のところ予定はありません。
 もし、このバッグのみの受講をご希望される方は、右上の『お問い合わせ』からメールをください。ご都合が合えば、こちらのバッグのみ受講していただけます。(水曜日か金曜日となります。)
 なお、こちらは中級者以上の方への講座内容となっております。予めご了承ください。

2007.7.21
ザ・雷ショー
オランダのライデンで、あまりにもはりきり過ぎて、あっちもこっちもと欲張ってまわってしまったために、駅に着いた頃には頭に血が行かなくなってフラフラになっていました。
その日のホテルはライデンから電車で10分ちょっとのオランダ第3の都市、デン・ハーグにとっていたのですが、どうにもこうにも身体が動かなくなってしまって、駅のカフェテリアでとうとうダウン。私はたまにこういうことをしてしまいます。自分の体力を考えず行動して、はりきり過ぎたり、はしゃぎ過ぎたりして、気づくと腑抜けのようになっているのです。ライデンでももれなく腑抜けになってしまいました。ずっと憧れてた土地だったのに、このざまです・・・。何とも情けない。
しばらくカフェのソファで倒れ込んでいたあと、やっと血の気が回復してデン・ハーグに向かうこととなりました。電車に乗って出発。ローカル電車に乗ると、気分は『世界の車窓から』。ナレーションが聞こえてきそう。オランダのどこまでも続く平地に、風力発電の風車と、オランダに昔からあるあの風車。ずっと遠くまで見渡せる田園風景というのは、頭を空っぽにしてぼーっとするには最適の景色です。
なんて、実は我々は間違った電車に乗っていたのでした。でもまあ、こんな景色を堪能できたんだから、いいか・・・ということで、ライデンに戻り、今度は本物のデン・ハーグへ。結局デン・ハーグのホテルに着いたのは夜の9時半すぎでした。
街の中心から外れたホテルの最上階の部屋からは、赤い屋根の並ぶはるか向こうに教会の尖塔が見え、昼間の晴れからは想像も付かない灰色の雲が空を覆い始めていました。暫く経つと、雷と稲妻。そしてどしゃ降りの雨。なんだか雷の閃光も雨のうるおいも疲れた身体には心地よくて、窓を開け放って『ザ・雷ショー』を楽しみました。そして雷ショーの最後は、特大の虹。ずっと憧れていたライデンに行った日の最後が、この美しい自然のショーだなんて・・・。人生にはこんな素敵な日もあるんですねぇ。

写真はデン・ハーグのホテルの窓から。雷のあとの虹。こういう景色を見るとホントに高い建物がない街っていいなぁと思います。こんなに離れていても、教会の屋根がよく見える。これで夜10時くらいです。このあとようやく夜がやってきます。この赤い屋根が立ち並ぶ景色を見て(この写真だとよく分かりませんが、手前には赤い屋根のかわいらしい家が並んで建っているのです。)、マンションの老朽化で立ち退きを迫られていた友人は(先日のコラムにも登場)「これって建て売り?」と発言。人生って、厳しい・・・。

2007.7.12
シーボルト先生
ずっとオランダのライデンという街に行きたいと思っていました。ここは医師として江戸時代に日本にやってきたシーボルトが晩年を過ごした土地で、シーボルトの博物館があり、シーボルトが日本から持ち帰った木が今も育っているライデン大学の植物園があります。
司馬遼太郎さんの本によると、シーボルトは日本史の中で桃太郎とか浦島太郎ほどによく知られている・・・とありますが、実際には歴史の教科書で囓るくらいで、興味のない人には『聞いたことあるな』くらいの人物かもしれません。さすがに、桃太郎、浦島太郎と肩を並べるにはもうちょっとね・・・という感じ。
シーボルトは実はドイツ人です。医師であったにもかかわらず、博物学に興味が深く、遠い異国・未知の国日本に行くために、オランダ人に化けて鎖国まっただ中の日本にやってきました。『知』の探求心というのは、遠く遠くはるかヨーロッパから、得体の知れない日本という小国へ行きたいと渇望させるほどの力があるんですね。すごい。
シーボルトは在日中、医師としての仕事はもちろんしていましたが、せっせせっせと日本の動植物、文化、人類学的なものの採集や調査を怠りませんでした。
そんな日本で大忙しのシーボルトさん、在任してわずかの間に『お滝さん』という女性と恋に落ちます。27歳のシーボルトと16歳(高校1年生!!!)のお滝さん。若いっ!!と思わずつっこみたくなりますが、年齢は関係ないですね。
後にシーボルト事件(日本地図を持ち出そうとしてそれが幕府にバレてしまい、国外追放とされてしまった。。)で愛する日本を後にしたシーボルト。その後、日本の文化をヨーロッパに広く紹介するのですが、そのなかで紫陽花を『オタクサ』と、自分の愛した女性の名前で紹介しています(微妙に外人訛り)。シーボルトにとって紫陽花は特別な花で、特別な人の名前を付けることによって永遠の愛を心に刻んだのでしょう。
・・・とはいっても、シーボルトもお滝さんもそれぞれ再婚しちゃうんですけどね。まあ、時代が時代だけに、子持ちの女性が(シーボルトとの間には娘さんがひとりいました)ひとりで生きていける時代ではなかったのでしょう。
私が行ったときオランダは、ちょうど『オタクサ』が咲く美しい季節でした。地球上に生きる何億という人がそれぞれ恋に落ちて愛を育む中で、花の名前として愛しい人の名前が残っているなんて、残したシーボルトも、残されたお滝さんも、離ればなれになってしまっても心は幸せで満たされていたのかもしれません。

写真はライデン大学付属植物園の中。この植物園は、とにかく美しく、楽しいです。シーボルト先生が日本から持ち帰った13種15本の植物が今もなお生育しています。受付でシーボルトの植物が園内のどこにあるかの印刷物がもらえます。(日本語です。)シーボルトの樹木の側には木札が立てられていて、カタカナで植物の和名が記されています。日本への心遣いがあちこちに見られて、この国に好感を持つこと間違いなしです。その中でもトチノキはとても大きく育っていて立派でした。『トチノキ』と書かれた木札を写真に撮ってきたのですが、それを見た友人(その時彼女は住んでいるマンションが老朽化で取り壊しが決まり、立ち退きをせまられていた。)が『タチノキに見える・・・』とつぶやいたのには人生の厳しさを感じました・・・。