cafe time sucre

カフェ・タイム・シュクレは、シュクレの杉浦今日子が、日々の出来事や刺繍のこと、
フランスのこと、もの作りのことなどをつらつらと書き綴る日記です。
コーヒーやお茶を片手に、ひと休みという時間のお供にどうぞ。


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2006.8.23
ブックカバー
出勤の途中、電車の中で本を読むという方、多いですよね。わたしも出かけるときは必ず本を鞄の中に入れています。大体いつも文庫本です。ハードカバーは重いので。
電車の中で本を読んでいる人を観察してみると、本屋さんがかけてくれる紙のカバーをしている方が多いみたいです。人がブックカバーをする理由として、『手の汗で表紙が汚れる』というのもありますが、やはり一番多いのが『自分が読んでいる本を人に知られたくない』だそうです。・・そんなものでしょうか?
実はわたしはいつもブックカバー無し派です。本屋さんでも『カバーはいりません。』と言っています。だって、みんなが買う本に紙のカバーをかけて、本を読み終わったらそのカバーをはずして捨てていたら、一体どれほどの紙が無駄になるのだろう・・・と思ったら、少しでも無駄を省くには『無しが一番』と思ったのです。チームマイナス6%ですから。別に恥ずかしい本を読むわけでもないし。まあ、人にみられてもいいか・・・ということで。
しか〜し!!世の女性達は、意外に沢山の方が『マイ・ブックカバー』というものを持っていたのでした。たしかに、自分のブックカバーがあれば、本屋さんの紙のブックカバーをもらう必要はないですね。湿手(汗をかきやすい手のこと)だったとしても、表紙がへろへろになってしまう心配もない。そしてなにより、鞄から本を出すときに素敵なブックカバーをしていたら心が浮き立つではないですかっ!!
というわけで、9月の刺繍クラスはブックカバーを作ることにしてみました。色々調べて試行錯誤を重ねた結果、使いやすくて、かわいくて、簡単に作れて、でもしっかりしている・・・というサンプルが出来上がりました。『ブックカバー派』の方、自分だけの『マイ・ブックカバー』を作ってみてはいかがですか?プレゼントにもいいですよ。

写真は9月の刺繍クラス・2回講座でつくるブックカバーのサンプルです。2回講座のページには刺繍面の写真しかないので、こちらでは内側を撮ってみました。まん中にしおりが付いて、左側に背表紙を挟むテープが付いています。裏地もかわいいです。
2006.8.19
函館。
夏休みの最後の日に、函館に行こうということになりました。
函館に行くにあたり、函館→五稜郭、となれば土方歳三でしょ・・・ということで、司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」を読み直してみました。わたしが最初に読んだ司馬作品がこの「燃えよ剣」。その後、見事に司馬遼太郎世界にはまり、幕末ものからエッセイまで読みあさっています。まだハマリ途中です。
しかし、小説家というのはすごいですね。まるでその場にいて見てきたように書かれています。江戸時代に住んでいたとしか思えない。一体どこからこの創造力が生まれてくるのか。脳みそ構造を拝見してみたいものです。
幕末にはさまざまな「英雄」がいますが、女子の間では(わたしの廻りの人だけなので、サンプルはあまりに少ないですが・・)「歳三派」「高杉晋作派」「坂本龍馬派」に分かれるようです。
司馬さんの作品の中でも「燃えよ剣」は女性に人気の高い作品らしく、この本を読むと無口で男らしい歳三にやられちゃうのでしょう。実際の彼はどうだっか・・・。「燃えよ剣」の中では硬派な感じで描かれていますが、実際には京都でかなりもてもてだったようです。芸者さんや舞妓さんからもらったラブレターの束を地元の仲間にまとめて送って、自慢したりしていたらしいです。小説のイメージとはだいぶ違うけれど、現実はこんなものかもしれません。
ちなみにわたしは龍馬派です。京都では霊山護國神社にも行ってみました。ここには明治維新に活躍した志士たちの御霊が祀られています。坂本龍馬は中岡慎太郎と隣り合わせで仲良く、京の街を見下ろしています。山の斜面にはずらっと墓石が立ち並んで、一人で行くにはちょっと恐い・・と思ってしまうようなところです。(でも燃えよ剣の中の歳三によると、『侍に怨霊なし』らしいので、何かでるってことはないはず・・・)
私が行ったときはちょうど小雨が降っていて、人もあまりいなかったとき。私的には龍馬の墓前にお参りだけで十分だったのですが、一緒に行った連れが「桂小五郎(木戸孝允)の墓まで行きたい」と言うのです。桂の墓所は、その妻と共に広い墓所のなかでも一番上。急勾配の階段をかなり登らなければなりません。私が渋ると「ここにいていいよ。行ってくる」と言うのですが、雨でじめっとした人影まばらな墓所にひとりで残されるなんてかなわん・・と思い、必死に後を追って階段を登りました。さすがは小五郎。りっぱな墓石で一番上から静かに京の街を見守っていました。
なんだか結局全然函館の話じゃなくなってしまいました。
函館は朝市がいいらしいですね。早起きして行ってみようと思っています。
2006.8.15
フランスの生地やさん。
パリに行くと、まず生地探し。だいたい行くショップは決まっているのですが、一番時間をかけて歩き回るのが東京でいえば日暮里、といった感じの生地の問屋街「サクレクール寺院の麓」です。
サクレクール寺院はパリの北側に位置するカトリックの教会で、有名な観光名所。映画、アメリの中でもとっても効果的にでてきていた場所で、この映画を見てあの場所に行ってきたという方も多いのではないでしょうか。
パリの生地やさんで最初に驚くのは裁断台がないこと。ここの問屋街だけではなく、パリのどこの生地やさんに行ってもないです。店員さんがマイ鋏を持っていて、「これを○メートルください」というと、その場で測ってその場で切ってくれます。他の生地の上で切っちゃうので、正直下の生地を切ってしまわないか心配。もちろん曲がります。でもそんなことはラテンの人に言ってはいけないのです。彼らはそんなちっぽけなことは気にしたりしないから。もちろん店員さんにもよりますが。中にはとてもとても几帳面な方もいらっしゃいます。念のため。
サクレクールには生地やさんが軒を連ねていて、とても一日では回りきれない程のお店があるのですが、何度も行っているとだいたい自分の趣味と合うお店というのが分かってきます。
先日パリに行ったとき、ひとつのお店で結構沢山の種類の生地を買いました。店員さんをあっちに連れて行って、こっちに連れて行って、お店の中をぐるぐるまわってとにかく沢山の生地をカットしてもらったのに、彼はいっこうに伝票を書かないのです。生地はもちろんひとつひとつ値段が違うし、この人大丈夫??と思っていたのですが、最後に「c’est tout」(これで全部)と言った後、彼が一気に伝票を書き始めたのですが、ひとつも間違えることなく伝票に値段を書き入れていったのでした。
(わたしは最初にお店の中を物色して、生地の特徴と値段をノートに書き込んで買うものを決めてからカットを頼むのです。)ちょっと、びっくり。あの大量にある生地の値段を全部覚えているなんて!!!プロ魂をみせられて、ぐぐっときました。その後、わたしは彼を心の中で「店長」とひそかに呼びました。多分本当はフロア部長くらいだと思うけど。

写真はある生地やさんの窓から撮ったサクレクール寺院。建物も、そこに向かう緑の丘も綺麗。丘の上、寺院の裏手には美味しいパン屋さんもあります。
2006.8.9
食べるもの。
生きることの基本は食べて寝ること。でも最近の私たちは、化学的に処理されたものが入っていない食べ物を見つけるのが難しくなっているような気がします。
先日友人がみたテレビの話。日本は食品添加物大国なのだそうです。認可されている食品添加物が世界一多いんだそう。とすれば、食品添加物業界も研究開発に熱が入るってものです。古米にツヤを出して、粘りけを高くして、時間が経っても美味しさが持続する・・・っていう素晴らしい(?)添加物があるそうです。美味しい新米と比べてもひけを取らないほど、美味しくなるんですって。
たしかに、和菓子だって賞味期限がわりとあるけどお餅の部分が固くならなかったりするものもありますよね。そういうのに慣れてしまっているから、普段はあまり疑問に感じないけど、よくよく考えてみたらヘン。
うちは、義弟が長野で農業をやっていて、2週間に一度彼のところから野菜を取っています。無農薬、無化学肥料の正真正銘の自然のものです。スーパーで買う野菜とは明らかに味が違います。なんといっても、甘い。全ての野菜に甘みがあるのです。ヘンな苦みやえぐみのようなものは一切なく、本当に自然から採れた野菜はとても食べやすいです。多分、野菜嫌いの子供にも美味しく食べられるものなのではないかと思います。自然の恵みをいただいている・・・というのを実感できる美味しさです。
もちろん、わたしだってそういう自然食品店で売っているようなものばかりで食卓を構成しているのではないです。ジャンキーなものも大好きだし。たまには『これって体に悪そう・・・』っていうものも、食べてます。(そういうものって、何故かたまに食べると美味しいんですよね。本能に直接働きかける味というか・・・)でも、本当の自然の姿を忘れないでおきたいと思っています。本能的にかぎ分けられる力みたいなものを、自分や家族を守るためにも養っておきたいと思うのです。

写真は長野から直送の野菜たち。キュウリもししとうも、本来の姿で自由に曲がっています。
2006.8.4
音の色。
先日、色の本を読んでいたら興味深い記述がありました。『音にも色彩がある』というのです。音の刺激によって色覚をともなうことを『色聴』といって、音によって色を見る特殊能力を持つ人が世の中にはいるそうです。へぇぇぇ〜(130へぇ。古い?)
世の中にはいろいろな特殊能力を持った人たちがいますが、音で色を見る能力というのは、初めて知りました。
ドレミの音階にも色があるそうです。ドは赤。♭レは紫。レはすみれ色。♭ミは淡い青。そしてミは黄金色。・・・ここで、どうして♭ミとミので色ががらっと変わってしまうのかが不思議。音階は色で言ったらグラデーションのようなイメージではないですか?そうしたら淡い青の次は、濃い青とか、淡い緑とか、それに無理なく続いていく色がきそうなのに、いきなり黄金です。そして、ファはピンク、♯ファは緑青、♭ソは濃い緑青、ソは明るい青色(やっぱりソは青い空なんですね。ドレミの歌通り。)、ラは冷たい黄色、♯シは橙、シは鮮明な銅色、そしてまた1オクターブ上のドも赤、となるそうです。
『色調』を見る能力を持った人というのは、人の話し声などにも色を見てしまうのでしょうか。もしかしたら私たちが眼球で見て識別している色の見方とは違った見方なのかもしれないですね。ということは、当然音楽も、聞いて楽しんで、色でも楽しんでということになるのでしょう。やっぱり気持ちいい音楽というのは、色も綺麗なのでしょうか?一般的には、胎教にはモーツァルトが最適と言われているようですが、モーツァルトの音楽はどのような色彩で流れていくのか・・・。見れるものなら見てみたいです。

写真はパリ、チュイルリー公園の春の花壇。花壇の花の色も国によって違いますよね。音の色があるってことは、逆もしかりで色にも音があるってこと??とすると、この花壇はどんな音色の音楽を奏でているのでしょう。やっぱりクラシック?それともシャンソン?
2006.8.2
ヘンな飲み物2
以前コラムで書いた、ヘンな飲み物。
ホット・オレンジジュースは意外に思った方が多かったようで、インパクトがあったようです。友人とホット・オレンジジュースについて話していたら、彼女が学生の頃通っていた喫茶店には、ホット・ジュースが沢山メニューに載っていたということ。ホット・グレープジュースは、カフェオレ・ボウルのような容器に入れられ、あの濃い紫色の液体がなみなみとつがれて湯気を立てている・・・。まるで魔女の飲み物のような見かけだそうです。
残念ながら彼女は頼んだことはなく、味は不明、、、ということで、ホット・グレープ、わたしが試してみました。正直、美味しかったです。温めたことでちょっと酸味が出て、甘酸っぱい感じ。よく考えてみれば、パリのカフェには『ヴァン・ショー』(ホット・ワイン。赤ワインを温めたもの)が必ずメニューに載っていて、スタンダードな飲み物ではないですかっ!!それと大差ないですから、美味しくてあたりまえですね。
今、『ホワイト・ハウス』というアメリカのドラマにはまっているのですが(アメリカ大統領とその側近達のお話し)、そのシーズン2でバートレット大統領が飲んでいたのは、『ミルクチョコレート・ソーダ』。大統領の故郷の飲み物らしく、とても美味しいと言いながら飲んでいました。(でも、首席補佐官はいらないと言って断っていた)
要するに、アイス・ココア・ソーダってことですよね。・・というわけで、もちろんこれもやってみました。ハーシーチョコレートシロップを牛乳で溶かし、ペリエで割ります。正直、わたしもびっくりしましたが、劇的に美味しいです。はまりました。。

写真はカフェオレ・ボウルに入ったホット・グレープ・ジュース。湯気が見えないのが残念。温めているときに、沸騰して表面がぽこぽこなったときには、魔女になった気分になりました。